ベビーから介護、ペットユーザーに特化した歯ブラシ|360度歯ブラシの【ビバテック】

VIVA NEWS

掲載日2017.12.11

更新日2017.12.13

【歯ブラシの歴史/第4回】歯ブラシの原型は小枝。歯ブラシの先祖?

歯ブラシ先祖は小枝


 歯ブラシの先祖は小枝と聞いて驚く人も多いのではないでしょうか。実は、風味のよい樹木の小枝を楊枝にしてくわえ、口によい香りを残すことが歯ブラシの元になったようです。楊枝は、3千年前から使われ、その役割は歯に残った食べかすを取り除くことに限定されてはいませんでした。

 楊枝がデザイン化され、装飾品として使われている時代もありました。楊枝は、様々な形で様々な国の文献に登場しているようです。楊枝、いわゆる歯木としての歯ブラシは、繊維質の多い木の棒を15センチくらいに切って、一端の繊維をほぐしブラシの役目をさせます。厳密な意味で「歯ブラシ」と呼ばれるかは疑問ですが、地域によって、歯木、小枝ブラシ、などと呼ばれる繊維質の多い木の棒が、長い間多くの人々によって歯ブラシ代わりに使われてきたのです。


(写真:アステカ遺跡)

 アステカ族やナワ族の祖先は、古代中国やインドに見られる歯木を使い、歯茎に適度な刺激を与え、マッサージをしていたと言われています。現代でも、非常に効果的な利用法だったと思われています。つまり、歯ブラシの最も重要な役割である歯茎の組織に刺激を与えることで、歯周病を予防していました。

 

江戸時代の楊枝は房楊枝という


 日本では歯木のことを「楊枝」、「房楊枝」と呼ばれていました。江戸時代には、一般庶民に広く普及しており、楊枝は全盛期を迎えていました。当時、「歯ブラシ」という言葉自体存在しませんでした。この頃は、現代人が当たり前に使っている「歯ブラシ」は日本には存在しなかったのです。

 当時、吉宗の頃「さるや」という楊枝屋の楊枝が有名で、この店は300年経った今なおも日本橋で営業しているそうです。1本ずつ手作業での楊枝は熟練の職人で1日400本程度しか作成できないそうで、この貴重な楊枝は「粋」で繊細にして、今もなお江戸名物の一つとされています。

楊枝専門店「日本橋さるや」
http://www.nihonbashi-saruya.co.jp/

 また、「柳屋」の看板娘のお藤さんも有名で、お藤さん目当てに男性が多くたむろしたとのことでした。浅草寺の境内には、楊枝を売る店が多くありました。『江戸名所図会』(長谷川雪旦(はせがわせったん)画 天保5~7年(1834~1836)刊 加賀文庫256)の本文によると、本店は「柳屋」でしたが、次第に「柳屋」を名乗る店が多くなり、この地の名産となった、と書かれています。


(出典:東京都立図書館)

 

 江戸時代には楊枝だけでなく、中国の晩唐でもあったように、指に塩をつけて磨くことも行われていました。このように、明治初期まで楊枝が使われており、「歯ブラシ」は存在しなかったのですが、次第に「現在の歯ブラシの形に似た歯磨き道具」に移行し始まったのです。

関連記事

ページトップ